●バッドランドと恐竜博物館

カルガリーを出て、まず私たちが目指したのはバッドランドだ。
バッドランドは、カルガリーの北東約140kmのところにある荒涼とした大地である。氷河期の氷が解けた時に浸食された土地なのだが、そこでは、同じ氷河の浸食でもカナディアン・ロッキーとは全然違う、またカルガリーに向かう途中で見た牧場が広がる平野とも違う、さらにその後横断した中部の大平原とも違う、まったく別のカナダの大地が見られた。

浸食されたところは非常になめらかな地肌を見せており、幾重にも重なった地層がよく見える。最も深く浸食されたところがレッド・ディア・リバーとなり、その川沿いに、バッドランドの中心地ともいえるドラムヘラーの町がある。この町に、世界でも有数の恐竜博物館=「ロイヤル・ティレル古生物博物館」があるのだ。

私は2度目の訪問である。以前、カルガリー・スタンピードを見に来て、1週間ほど友人宅に泊まった時、バス・ツアーで来ているのだ。インフォメーションでツアーのパンフレットを探し、1つ1つ電話をかけてブッキングしたのだが、なかなかいいツアーだった。ドライバーは、数年前に日本のアルバータ州観光局の招きで訪日し、各地のイベントで歌を歌ったという、何が本職なのか分からないおじさんだったが、私が知ってる観光局の方たちを彼も覚えていたので、本当に世界は狭いもんだなあと思ってしまった。おかげですっかり仲良くなり、話がはずんだ。

ドラムヘラーに向かって行く時、この浸食された地層の中にぐーっと入っていく地点があり、なんだか地底都市に向かっているようで、わくわくするような瞬間である。

今回は行けなかったが(私は前にツアーで行った)、ここにもバンフと同じようなフードゥーがある。フードゥーとは、浸食がさらに進んで、土柱だけが残ったような状態になっているものだが、色といい形といい、巨大なシメジ茸みたいだ。
私はこれとそっくりな光景を、以前見たことがある。それはトルコのカッパドキアだった。規模はカッパドキアのほうが大きいが、おそらく同じ時代に同じような浸食でできたのだろう。削られた土壌も、同じ土質なのではないかと思う。色も削られ方もそっくりなのだ。地球のあっちとこっちで、このように酷似した光景が見られるなんて‥‥。急に地球も小さく感じてしまう。

目の前に恐竜の看板が見えてきた。ドラムヘラーと書いてある。いよいよドラムヘラーの町に入ってきたのだ。
この町はまさに“恐竜の町”。町中に幾つも恐竜の模型が立っていて、街路灯にも1つ1つ恐竜の透かし彫りのような飾りが付いている。
先ほど見たバッドランドの地層、その中から最初に恐竜の化石が発見されたのは、1884年のことだった。博物館の名前の元となった地質学者のJoseph Burr Tyrrellが、この近くで見つけたのだ。その化石は、アルバータザウルスと名付けられている。
その後、さらに恐竜の化石がゴロゴロ出てきた。そして研究と展示の場として、1985年にロイヤル・ティレル古生物博物館が建てられて以来、この小さな町は世界的に有名になってしまった。

そのロイヤル・ティレル古生物博物館に到着。建物の前では、今にも動き出しそうな恐竜の模型が迎えてくれる。中に入る私たちは、童心に帰ったように心が踊っている。私たちだけでなく、やっぱり大人になってもみんな、恐竜の世界って好きなんだろうな。だから『ジュラシック・パーク』があれだけヒットするのだろう。

博物館の展示で驚かされるのは、まず量の多さだ。私が今まで見たことがある幾つかの恐竜博物館は、目玉となる大きい展示物が1つあり、あとは小物ばっかりという感じだったが、ここはその目玉級の展示物がたくさんある。もう惜しげもなく見せているって感じ。こんなのはほんの一部よ、というような余裕が感じられる。
それに、名前が「古生物」となっているだけあって、恐竜以外の生物の展示も充実している。

なかでも私が気に入っているのが、ガラス越しに見ることができる、実際の化石の復元作業をしている研究室だ。実は小さい頃、化石とか遺跡の発掘をしてみたいと思っていた時期があって…。まあ全然違う畑に来てしまったのだが、今でもこういうコツコツやる仕事には少しばかり憧れの思いがある。
この博物館では、恐竜の化石発掘体験ツアーを主催している。デイ・トリップから1週間のものまであるそうだが、次回はぜひ実際の発掘体験をしてみたいものだと思っている。

最後にショップを見てまわり、その横にあったティレル氏の胸像の下にあるサイン帳に名前を書き入れ、外に出た。そして、博物館の正面にある丘に上る。階段が付いていて上れるようになっているが、上に行くと、バッドランドの地形がよく分かる。私が前に参加したバス・ツアーでは、もっとよく見える場所に連れていってくれたが、その時間がない人は、ここに上るだけでも充分。上からの眺めは壮観だった。

●どこまでも一直線の道

博物館を出た時は、既に午後7時だった。一路、エドモントンを目指す。
ハイウェイ9号線から56号線へと走っていったが、ほどなく私たちは道が一直線なのに気がつく。ほんとーーーにまっすぐなのだ。たしかに地図上ではまっすぐに描かれているが、本当にそうだとは思わなかった。多少のカーブはあるのでは、と思っていた。それに、そんな道を走れるのは、サスカチュワンに入ってからだろうとも思っていた。

どのくらいまっすぐかというと、目の前に続く道は、地平線までまっすぐ。振り返ると、走って来た道はやはり地平線までまっすぐ。さっきからシュテファンは、まったくハンドルを操作していない。ブレーキも踏んでいない。アクセルも踏まず、クルーズ・コントロールという機能で、右手の親指1本で運転しているのだ。

時々低くなだらかな丘があり、私たちはその丘を越えるたびに、向こうには違う景色があるかな〜?と思うのだが、さらに道がまっすぐ延びているのを発見しては「きゃ〜〜〜っ!」と大歓声をあげた。そんなことを数回繰り返した。後にも先にも、サスカチュワンの大平原の中ですら、こんなにまっすぐな道はなかった。

 
★‥‥‥‥‥‥‥‥‥★バンクーバーだより★‥‥‥‥‥‥‥‥‥★

★昨日の日曜日、バンクーバーは雨だった。一時かなり激しく降ったが、実はこの週末の3日間、ジェリコビーチというところで、「インターナショナル・フォーク・フェスティバル」という野外コンサートが開かれていたのだ。私たちは土曜日に見に行ってきたが(お金を払わずに、フェンスの外から聞いていた)、この雨では観客がかわいそう。やっぱり野外コンサートって、うだるほど暑いほうが夏らしくていい。

コンサート会場の周辺には、様々な露店が出ているが、特徴的なのは、ヒーリングや精神世界に関わる感じのお店が多いこと。ヒッピーっぽい雰囲気の人たちも多い。「ホーンビー・アイランドから来ている人、絶対いるよねえ」なんて話ながら歩いていたら、本当に一人のおじさんがHornby Festivalと書かれたTシャツを着ていた。フェリーを3回乗り継いで出てきたに違いない。

★土曜日の夜、テレビでオードリー・ヘップバーンの映画が3本続けて放映になった。オードリーが大好きな私、見ちゃいましたよ、夜8時から深夜2時半までぶっ続けで。『パリの恋人』『ローマの休日』『麗しのサブリナ』だったけど、ああ、どの一瞬を見ても、オードリーは美しい(ため息)。
特に『ローマの休日』は、高校の時、学校の近くの映画館でリバイバルになって、放課後毎日のように通ったものだった。ビデオも真っ先に買った。スクリプト・ブックまで持っている。おかげでほとんどのシーンや台詞を覚えており、オードリーと重ねてしゃべるもんだから、シュテファンが驚いていた。

そのオードリーがこよなく愛して晩年を過ごした国が、シュテファンの故郷なのだから、なんだかうれしいご縁である。前回、クリスマスに里帰りした時に、彼女のお墓とミュージアムに行こうとしたのだが、その日、風邪で体調が悪くなり、断念した。次回はぜひ行ってみたいと思っている。

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