●氷河後退の記録

スノーコーチ・ツアーから戻り、私は今回初めて、念願のあることをした。それは、下側から氷河の先端にアプローチすることである。
過去6回来ているのに、それができなかったのは、バス・ツアーではその時間がないことと、レンタカーで取材した時も、同じくスケジュールがつまっていて、時間が取れなかったからだ。

アイスフィールド・センターに戻って来た時は、もう6時を過ぎていたが、空はまだ明るいし、今日の宿はもう予約してあるので、あとは着きさえすればいいのだ。私たちはまた車に乗り、ハイウェイを渡って、氷河の下に近づいていった。そこには氷河が溶けた水でできたのであろう大きな池と、スノーコーチ・ツアー用の道路、その向こう側に広い駐車場があった。

駐車場から氷河の先端までは、ゆるやかな上り坂の遊歩道が延びている。その遊歩道の脇には、数メートルおきに、腰の高さくらいのコンクリートの指標が置かれている。その指標には、年号を表わす数字が…。そう、これは年々後退している氷河の先端があった場所とその年を表わしているのだ。

先週も書いたように、氷河は年間約25m流れているのだが、地球の温暖化により、溶ける量のほうが多いため、先端は年々後退している。どのくらい後退しているかというと、1970年の指標の位置に立っても、氷河ははるか後ろ。まだまだ遊歩道を歩いて行かなければならない。

実は、かつてはこのアサバスカ氷河、先端は現在のアイスフィールド・センターにまで達していたのである。というか、先端があった所に、アイスフィールド・シャレー(センターの前身であった建物)を建てたのですな。センターの駐車場には、ちゃんとその位置を示す指標---1844年の年号入り---が残されている。
アイスフィールド・パークウェイの建設が始まったのが1939年なので、その頃にはもうハイウェイの向こう側まで、氷河は後退していたのだろう。

私が初めてここを訪れたのは、もうかれこれ10年以上前になるが、その時と比べても、確かに後退しているのが分かる。
このスピードを考えると、スノーコーチ・ツアーも、果たしてこの先、何年続けていけるのだろうと思ってしまう。

石ころだらけの(氷河が運んだ堆積物なのだが)遊歩道を15分ほど歩き、ようやく氷河の先端に着いた。向こう側の真っ白い氷河と、こちら側の泥の地面と、きれいに分かれている。
その境目に「STOP」という標識が4本も立っていた。その下に「DANGER!」という文字と注意書き、さらに危険を示すイラストと実際の写真まで入ったプレートが付けられている。

何がそんなに危険なのかというと、氷河には深いクレバスがあり、その表面が雪で隠されていることがあるのだ。そこにハイカーが足を踏み入れると、自分の体重で雪が崩れ、あっという間に深いクレバスに吸い込まれてしまう。つい4〜5年前にも、そういった事故で亡くなった人がいるのだ。プレートの写真は、その事故の時のものだった(ゾォ〜ッ、こわ〜〜〜)。

しかし、私たちの前を歩いていた男性2人は、そんなことは全く気にかけない様子で、ずんずん氷河の上を歩いて行ってしまった。この人たち、ハイキングの装備をしているでもなく、まったく普通の服装なのに、どんどん氷の丘を上って行く。どこまで行くんだろう?
私たちも氷河の上を歩いてみたが、あまり長居している時間もないので、適当なところで引き返した。アイスフィールド・センターに泊まれば、もっとゆっくりしていられるのだが…。あそこも、一度泊まってみたいところだ。


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