Canucks Fan: News

1. ジェネラル・マネジャーのパット・クイン、突如 解雇!!

11月4日、オルカ・ベイ・スポーツ&エンタテインメント(カナックスのオーナー会社)は、プレジデント兼ジェネラル・マネジャーであるパット・クインの解雇を発表した。
これは、バンクーバー中、いやBC州全体を揺るがすビッグニュースと言っても過言ではない。ほとんどのTVニュースでトップ扱い。もちろん翌日の新聞では一面で大きく報道。というのも、クインは93-94シーズンで、カナックスがスタンレーカップ・ファイナルまで進んだ時のヘッドコーチだったからだ。地元ファンの記憶には、ブレやリンデン、マクリーンの活躍とともに、パット・クインの采配ぶりが今だに鮮やかに焼き付いているのである。

クインがカナックスに来たのはちょうど10年前の1987年。かつてカナックスのユニフォームを着たこともあるクインは、当時ロサンゼルス・キングスのヘッドコーチだった。この年から“パット・クイン時代”が始まる。
当時は今ほどカナックス・ファンは多くなかった。が、彼はドラフトでトレバー・リンデンを、トレードでカーク・マクリーンを獲得。1989年には、後にカナックス初のスーパーアイドルとなるパベル・ブレを獲得。徐々にファンも増えていき、その頂点となったのが93-94スタンレーカップ・ファイナルだったのだ。

今回の解雇を、その“パット・クイン時代”の終焉だと告げる各局のニュースキャスターも、心なしかショックを隠せない様子である。中には、淡々と発表するオルカ・ベイのプレジデントの映像に、「冷たく、計算しつくされた、これがオルカ・ベイのやり方だ」とアナウンスをかぶせている番組もあった。

パット・クイン自身は、インタビューにこう答えている。
「たいへん落胆している。事前に何の打診もない、本当に突然のことだった。今は何をしていいかわからない状態だ。だが、ホッケービジネスを辞めるには、まだ若すぎると思う」

選手たちは、当日の朝、練習中にこのニュースを知らされた。
インタビューを受けたブレも、たいへんショックを受けている様子だった。
「彼はいつも僕たち選手をサポートしてくれた。僕が最初にサインをしたのはパット・クインであり、一緒にスタンレーカップ・ファイナルまで行った。もう家族の一員のような感じだった」

このショック療法とも思えるやり方が、今後のカナックスにどう響くのだろうか・・・


ホームページへ 本誌の記事、写真、イラストなどの無断転載を禁じます。